大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和40年(行ツ)47号 判決

上告人

ニューロング株式会社

代理人弁理士

日下繁

同弁護士

井出正光

被上告人

特許庁長官

荒玉義人

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人日下繁、同井出正光の上告理由第一点について。

論旨は、東京国際見本市は社団法人東京国際見本市協会(以下たんに見本市協会という)により東京都において開設されるところ見本市協会は東京都を中心的正会員とし、東京商工会議所、日本貿易振興会および株式会社東京国際貿易センターを正会員として組織される公共的団体で、経費の大部分を東京都が負担しており、かかる実情に照らして、東京国際見本市は、旧特許法(大正一〇年法律九六号)六条一項にいう「都道府県ニ準ズベキモノノ開設スル博覧会」に該当すると解すべく、原判決には同条項の解釈を誤つた違法がある、という。

しかし、同条項にいう「都道府県ニ準ズベキモノ」とは、旧特許法施行当時わが国の統治下にあつた朝鮮の道、台湾の州のごとき地方公共団体を指称し、見本市協会がこれに該当しないことは、原判示のとおりである。論旨は採用できない。

同第二点および第三点について。

論旨は、東京国際見本市は同条項にいう「政府ノ認可ヲ得テ開設スル博覧会」に該当し、原判決には同条項の解釈を誤り、また理由不備の違法がある、という。

しかし、右にいう「政府ノ認可」は博覧会の開設自体に関するもので、見本市協会の設立につき通商産業大臣の許可があつたことをもつて、同条項にいう「政府ノ認可」があつたものとすることはできず、その他、原判決が、その認定した事実関係のもとにおいて、所論東京国際見本市が同条項にいう「政府ノ認可ヲ得テ開設スル博覧会」に該当しないとした判断は正当で、その過程にも所論の違法は認められない。論旨は採用できない。

同第四点について。

東京国際見本市が、同条項にいう「工業所有権保護同盟条約国ノ版図内ニ開設スル官許ノ万国博覧会」に該当しないとした原判決の判断は正当で、論旨はとうてい採用できない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外 色川幸太郎)

上告代理人日下繁、同井出正光の上告理由

第一、原判決は、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第六条第一項にいう「都道府県……ニ準スヘキモノノ開設……スル博覧会」の解釈を誤り、同条項に違背している。

一、原判決は、「都道府県に準ずべきもの」とは都道府県と同等以上の地方公共団体又は行政区画、すなわち朝鮮の道、台湾の州の如きものを指称したものと解される……から……見本市協会をもつて「都道府県に準ずべきもの」ということはできない、としている。

しかしながら、「都道府県に準ずべきもの」ということをそのように限定的に解釈しなければならない合理的根拠はなく、また旧特許法第六条第一項が朝鮮の道、台湾の州の如きものだけを指称するためにのみわざわざ「都道府県……ニ準スヘキモノ」という字句を用いたとするのはいかにも無理な解釈であるうえ、そもそも朝鮮の道、台湾の州は旧憲法時においては「都道府県に準ずべきもの」というようよりはむしろ「都道府県」そのものに該当したとみるべきである。

二、原判決は、「都道府県に準ずべきもの」という字句だけを単純にとりあげてその意義を解釈せんとしたため朝鮮の道、台湾の州の如きもののみを指称するものであるといつた現時においては全く無意味な結論を導き出さゞるを得なくなつたわけであるが、これは正当ではなく、「都道府県……ニ準スヘキモノノ開設……スル博覧会」という規定全体を実情に則して合目的的に解釈すべきであると信ずる。すなわち旧特許法第六条第一項の規定は、一定の博覧会の出品について新規性喪失の除外例を認めているものであるから、その解釈に当つてもその一定の博覧会がいかなるものであるかが問題なのである。従つて、「都道府県に準ずべきもの」という字句のみを単独にとりあげてその指称するものの範囲を決定すべきではなく、「都道府県の開設する博覧会」と「都道府県に準ずべきものの開設する博覧会」とを対比しつつ後者の博覧会がいかなるものであるかを決定しなければならない。かくして「博覧会の開設」ということを中心にして「都道府県に準ずべきものの開設する博覧会」とはいかなるものを指称するかを考えれば、これは主として「都道府県そのものが開設したものではないが実質上都道府県が開設したものと同一視し得るような博覧会」すなわち都道府県の一を一構成員とする団体であつてその一の都道府県がその団体の設立運営について博覧会の共同主催者と同一視し得るような形で参画している団体の開設する博覧会を意味するものであることが明らかである。このように解釈する方が「準ずる」ということの字義にもかない、かつ都道府県が他の団体等との共同主催という形で開設する博覧会は旧特許法第六条第一項の規定の適用を受け得るにかゝわらず同じメンバーが共同主催という形式を一歩進めて(博覧会の開設を恒久的なものとするべく)別に公共的団体を組織して開設する博覧会は右条項の適用を受け得なくなるというような実質的には何の変りもないのに全く別異な結果を生ずるという不合理も避け得ることとなつて、妥当な結論を導き得るのである。

三、東京国際見本市は社団法人東京国際見本市協会(以下、単に見本市協会という)によつて開設され、見本市協会は都道府県の一である東京都を中心的正会員とし、東京商工会議所、日本貿易振興会及び株式会社東京国際貿易センター(昭和三三年以降正会員となつた。その九九%余が東京都の出資によつている。甲第八号証参照)を正会員として組織された公共的団体であり、東京都知事の意向及び東京都議会の決議にもとずいて東京都における国際見本市事業を遂行する任務を負つているものであつて、その経費の大部分を東京都が負担している(甲第一四号証の一、二参照)。

かゝる見本市協会は、東京都の委任にもとづき、東京都における国際見本市事業を行なつているものというべく、その開設する東京国際見本市は、実質上東京都が開設する博覧会と同一であるから、旧特許法第六条第一項にいう「都道府県……ニ準スヘキモノノ開設スル……博覧会」に該当するものである。

第二、原判決は、旧特許法第六条第一項にいう「政府ノ認可ヲ得テ開設スル博覧会」の解釈を誤り、同条項に違背している。

一、原判決は、「政府ノ認可ヲ得テ開設スル博覧会」とは個々の博覧会の開設に当つてその都度政府の認可を得て開催される博覧会を意味するものと解すべく、右協会(見本市協会)がその設立許可を受けても、その許可の対象は右協会の設立ということにのみ限られ、右協会が設立後開催する個々の博覧会についてまでその認可を受けたものとはいえない、としている。

しかしながら、社団法人の政府による設立許可は、その法人の定款の承認を前提としていることは疑のないところであつて、社団法人の設立許可はすなわちその定款に記載された目的事業等の認可を意味するものであるから以後その法人で定款に定められた事業を遂行するに当りその都度認可を受けなくともその事業については既に認可を得ているものとみなすべきは当然の理である。しかして、見本市協会は、その定款において「……東京都において国際見本市を開催……することを目的と……」し、「東京都における国際見本市の開催」の事業を行うことを明記して、昭和三一年三月二六日政府(通商産業大臣)の設立許可を受けたものであつて、その設立許可は右定款記載の目的、事業の認可を前提とするものであるから、右協会は東京都において国際見本市を開催することについて政府の認可を得ていることになり、以後その都度政府の認可を得なくとも右協会が東京都において開催する国際見本市は当然に「政府ノ認可ヲ得テ開設スル博覧会」に該当するのである。また「政府ノ認可」とは、出品の事実、内容、時期等の証明力について政府自身の開設するものと同一視することができるものであるかを政府の判断にかゝらせる趣旨のものであるとしても、政府は右協会の設立許可の段階において、その構成員、組織等からその点の判断は充分になし得るのであつて、この点からして「政府ノ認可」は博覧会開催の都度個々的に与えられたものでなくてはならないとする根拠とはなし得ないはずである。

二、また、原判決は、見本市協会に対する見本市事業費補助金は通商産業大臣から日本貿易振興会に対して交付されたうえ同会から右協会に対して更に交付されるものであつて右協会に対する補助金の交付者は日本貿易振興会であり通商産業大臣ではないから、その交付によつて政府の認可があつたということはできない、としている。

しかしながら、右補助金は通商産業大臣から日本貿易振興会に交付する段階において既に見本市協会に交付すべきものと指定されているうえ(甲第九、一〇号証参照)、日本貿易振興会自体が公法上の法人として政府の一機関とみなさるべきであるから、見本市協会に対するこの見本市事業費補助金の交付は「政府ノ認可」にほかならない。

第三、更に、原判決は、東京国際見本市の開催について通商産業省その他の各省から後援名義を使用することの承認を得た事実があつても、そのことから直ちに右国際見本市の開催に対する政府の認可があつたものということができないことは多くいうまでもない、とのみしていて、それ以上なんの理由も附していない。

しかしながら、後援ということはその事業を承認するだけでなく更にその趣旨に賛同してこれを積極的に援助することであるから、そのうちには当然に見本市開催の認可を包含する趣旨のものであつて、この点に関する上告人の主張を単に「多くいうまでもない」として排斥している原判決にはこの点に関し判決に理由を附さない違法がある。〈中略〉

以上いずれの理由によるにせよ、東京国際見本市は旧特許法第六条第一項にいう「博覧会」に該当し、従つてその東京国際見本市に出品されたことのみによつて出願前公知となるに至つた本件特許出願は同条項によつて「新規ナルモノト看做」さるべく、原判決の右法令違背は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

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